伊藤智仁の現在の仕事は?野村克也が土下座?

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こんにちは、もんちゃんちです。

1992年に行われた「バルセロナオリンピック」にて、野球日本代表に選出され、

1大会27奪三振のギネス記録を達成するなど大活躍した、伊藤智仁さん。

その後は、日本野球界を引っ張っていく天才投手になると期待されましたが、

怪我が原因で思うような活躍ができず、引退してしまいました。

そんな、野球界の天才である伊藤智仁さんに対して、野村克也監督が土下座!?

それは一体どういう事でしょう?

そして伊藤智仁さんは現在何をされているのか調べてみました。

伊藤智仁のプロフィール

名前:伊藤 智仁(いとう ともひと)

生年月日:1970年10月30日

出身地:京都府京都市中京区

身長:183cm

体重:85kg

投球・打席:右投右打

ポジション:投手

野村克也が伊藤智仁に土下座?

1992年のドラフト会議では、

ヤクルトスワローズ、広島東洋カープ、オリックス・ブルーウェーブの3球団が、1位指名で獲得に乗り出しました!

そして抽選の結果、伊藤智仁さんはヤクルトスワローズへの入団が決まりました。

当時ヤクルトスワローズは、松井秀喜選手を1位指名で獲得する予定だったそうですが、

野村克也監督が、伊藤智仁さんを獲得したいと球団やスカウト陣と、喧嘩してまで欲しがったほどの選手だったそうです!

伊藤智仁さんは、プロ1年目にも関わらず、前半戦だけで、

7勝2敗・防御率0.91の好成績を残していました!!!

しかしコーチ陣は、伊藤智仁さんが”ルーズショルダー”だったことを知っていたため、

故障を危惧し、登板回数や投球回を減らすように野村克也監督に助言していたそうです。

ですが、この助言を聞かず野村克也監督は、伊藤智仁さんを使い続けました。

結果野村克也監督が、伊藤智仁さんを使い続けたことによって、シーズン中盤に故障。

その後は、故障に悩まされ続け思った活躍ができませんでした。

さらに右腕の怪我が原因で「血行障害」を発症しており、医者からは、

「放っておくと命の危険まである」

と宣告されていたそうです。

結果2002年に、ヤクルトスワローズから、引退勧告とヤクルト本社への入社を勧められたそうです。

しかし、不完全燃焼だった伊藤智仁さんは、現役続行を志願したそうです。

その際野村克也監督も、伊藤智仁さんのために、球団オーナーに対して、土下座して伊藤智仁さんの現役続行を頼んだそうです。

野村克也監督は、伊藤智仁さんの怪我は自分が使い続けたことが原因だと感じているようで、

深く反省していたようですね。

実際野村克也監督は、

「積極的に登板させた事によって彼の選手生命を縮めてしまった。申し訳なく思っている。」

とコメントされてます。

その一方で伊藤智仁さんは野村克也監督に対して、

「当時の主戦投手は200球近く投げていた。僕も198球を投げたことがある。

先発は白黒つくまで投げようという時代。野村克也監督を恨むことなんてないです。むしろチャンスをもらえた。気にもかけてくれた」

とコメントしているので野村監督の事は恨んでもいない、むしろ感謝しているようです。

伊藤智仁の現在の仕事は?

伊藤智仁さんは2003年に現役を引退しましたが、翌年2004年からは、ヤクルトスワローズの二軍投手コーチに就任しました。

2008年には一軍投手コーチに就任し、

主に、練習指示やブルペンでの肩作りなどを教えていたそうですね。

2014年からは投手コーチに就任し、2015年には、14年ぶりのリーグ優勝に貢献しました!!!

その後も、ヤクルトスワローズの投手コーチを続けていましたが2017年に退団し、

ベースボール・チャレンジ・リーグ「富山GRNサンダーバーズ」の監督に就任することが発表されました。

今後は、監督業に専念するようです!

実績十分ですし、監督としても非常に魅力的ですね!

これからの活躍も楽しみです!

 

スポーツ選手

Posted by momotarin


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